老いの道草 30 忖度といじめは表裏一体

 忖度といじめは車の両輪で忖度の裏にはいじめがあり、いじめのある所には忖度がある。

 いじめによる自殺問題や贈収賄事件や数字の改竄や文書の隠ぺいなど「いじめと忖度」が表裏一体となって関わっている。

 

 大人社会によるいじめの実態が子ども社会に伝染している。

 教員同士のいじめ問題、いじめとまではいかない弱肉強食の姿、政治権力による官僚人事の問題など数え上げれば切りがない。

 

 いじめと忖度のある限り不正行為は存在する。不正行為は永遠の問題である。あなたも私もその立場に立てば忖度もいじめもきっとやるに違いない。

 きれいごとでは済まされない。現実の姿である。

 

 それを抑止するのが憲法であり、法律である。その憲法と法律が「忖度といじめ」で力をなくしているのが現代である。弱肉強食度が極めて速く進行しているように感じる。

 このまま進行すれば「奴隷社会」になってしまう。「いじめと忖度」は「奴隷社会への一歩である。

 

 もう奴隷社会の一歩どころではないかも。職場から家庭や学校へと力関係の上下が広がっていき、生きる希望や夢の持ちにくい時代になってきているような気がする。

 大人の不正や諸事件、青少年の自殺問題を見てもまともに人生を生きることが難しい時代。戦後のある時期から社会が変化し始めて現在に至る。

 これを立て直すには「教育の力」に待つしかない。国民を上げて教育の基本から考えていかなければ、やがて日本は崩壊するかも。

 良い意味での忖度が消えてしまった時代をどう生きるか。